岡山県倉敷市。
そこは歴史の風情溢れる観光スポットとして定評のある街。
美観地区は観光スポットとして特に人気があります。
美観地区内の本町通りにある古本屋『蟲文庫』。
外観はかつて煎餅屋であった古民家であり、広さは8坪程度。
店内には文学や自然科学など様々なジャンルの古書が棚に揃っており、好奇心と懐かしい雰囲気を体感できそうです。

店内には古本の他にCDや田中さん手作りのトートバッグなど様々な品物が勢揃い。
実際観光がてらに寄るお客さんも多く、居るだけで楽しめそうです。
とはいえ文庫の一冊くらいは購入したいものですけどね (;^ω^)
今回は『蟲文庫』の女性店主である田中美穂さんのエッセイ集「わたしの小さな古本屋」について、
自身の感想も含めて述べていきます。
古本屋の日常
先に述べた通り、本書は『蟲文庫』の女性店主としての何気ない日常を記したエッセイです。
店を訪れるお客さん、店の看板猫、苔や亀など好きな生き物…
様々なエピソードが収録されており、どのエピソードも読んでいてほっこりする気持ちになります。
文章も分かりやすく、穏やかで優しい田中美穂さんの人柄が表れてます。
それでいて好奇心が旺盛な面もあり、苔観察のエピソードからは好きなものをとことん追求し、且つ地道な性分が伝わってきます。
しかし古本屋の営むコツなどのノウハウは取り上げてないです。
あくまで古本屋店主の日常を記したエッセイ集となっております。
- 古本屋の日常を知りたい
- 苔や亀などの生き物観察が好き
- ほっこりした話を読みたい
上記のいずれかに当てはまるのであれば、是非一読してみることをおススメします。
古本屋は楽ではない
田中美穂さんが『蟲文庫』を開業したのは21歳の頃。
高校卒業後に就職した田中さん、しかし就職した企業は労働基準法を無視したブラック企業。
その為に体を壊し10ヶ月で退職、『蟲文庫』を開業するまでは喫茶店や土産物屋などの短期バイトで食い繋いでいたそうです。
開業したキッカケは「元々本を読むのが好きだったから」というシンプルなもの。
加えてどこかに勤めるよりも自分のお店を持ちたいという願望もあったとか。
バイトの掛け持ち
思い立ったが吉日。
当時通っていた古本屋『ふるほんや読楽館』の店主である森川さんに「古本屋をやりたい」旨を相談。
森川さんからお店を始める上での心構えなどを聞き、薦められた「街の古本屋入門」という参考書籍を購入。
その後、物件探しの為に不動産屋巡りを開始。
何件か回った後、倉敷市川西町にあるやや古めの四軒長屋の物件を紹介してもらいました。
駅から徒歩5分、家賃は65000円となかなかの好条件な物件です。
(※2000年8月上旬に美観地区内にある現在の古民家風の物件に移転)
その後は自前の蔵書や友人から頂いた本など棚に並べる商品を揃える、店内に設置する棚作りなど様々な工程を経てようやく『蟲文庫』をオープン。
しかし古本屋というものはなかなか儲からないもの。
あくまで私が調べたことですが、売上に対する純利益はお世辞にも高いとは言えず、商品となる本を仕入れるのにも相応の費用がかかるらしいですね。
『蟲文庫』に関しても開業したはいいけど売上はイマイチ。
お店の売上だけではやっていけない事もあり、やむを得ずコンビニや郵便局などのバイトを掛け持ちしていました。
お店の営業終了後も数時間アルバイトしなきゃいけないとは心身共にキツイもの。
特にコンビニに関しては早朝・深夜の時間帯もありますからね。
田中美穂さんの場合も例外ではなく、時に朝5時出勤だった時期もあったそうです。
私自身早起きが苦手なこともあり、本書を読んでいて「もし朝5時出勤だったら…」なんて想像してげんなりしてしまいました。
朝5時出勤だとしたら4時に起きなきゃいけない…そもそも起きれないですね(苦笑)
いくらで買います?
お客さんが持ち込んできた本をいくらで買い上げればいいのか?
それはどの古本屋にとっても付きまとう悩みかもしれません。
何せ店ごとにメインで扱う本の分野も客層も立地もてんでバラバラ。
ある店舗では売上が見込めるから高く買い取れても、逆に安い値段で買い上げざるを得ない店舗もあります。
店主の目利きが最も問われる場面だと思います。
ましてや『蟲文庫』の場合、開業時の資金的な問題から古書籍組合には加入出来ず、商品の仕入れはお客さんからの買い入れが9割。後は知人が送ってくれた蔵書で棚に並べる書籍を賄っていたそうです。
買い上げの値段次第では「何でこれっぽっちの値段でしか買い上げないんだ!?」と怒鳴られることもあり、店主の田中美穂さんは何度もそういった苦い経験をしたそうです。
それでも自分の店の基準をブレずに保ち続け、「うちでは〇〇という書籍はこの値段です」とハッキリお客さんに説明出来るか否か?
相場こそあれ本の値段はその店(店主)の個性ですからね。
自店がメインで扱う本の分野、古本市場での相場…
その両方を照らし合わせた上で本の買い取り(売り出し)値段を決定する。
正に店主の判断力と目利きが試されますね。
転機が訪れる
開業したはいいもののほぼ見切り発車だったせいか、棚に並べる本が揃わない、売上もイマイチだったりと厳しい状況が続いていたそうです。
売上に関しても厳しい状況が続いており、先の項目でも述べた通りアルバイトと掛け持ちしつつ
『蟲文庫』を営んでました。
お店の維持費を稼ぐだけでも精一杯な状況が続き、開業して10年目の秋に田中美穂さんの父が病で入院するという事態が発生。
アルバイトを辞めて病院に住み込みの状態で看病をし続けたものの、その甲斐も虚しく三ヶ月後に父は他界。
父の他界による喪失感と悲しみ、看病による精神的・肉体的な疲弊…
それらが重なりアルバイトを掛け持ちする気力は湧かず。
当分は『蟲文庫』の店番をしてゆっくり生活する日々を過ごしたそうです。
バイトの掛け持ちが無くなり、『蟲文庫』の営業一本に絞ったおかげか、
以前よりも棚の整理をする回数が増える。
そのおかげもあってか棚の回転率(本の売り上げ)は徐々に上昇。
儲かってるとまではいかなくとも、『蟲文庫』の営業のみで生活出来る様にはなったそうです。
今まで自分を育ててくれて、時には厳しく叱り、時には支えてくれた父親。
家族との別れは辛く、胸に穴が空いた様な喪失感は何年も続くものだと思います。
しかし失ったが故にその存在の大きさに気づき、自身の気づかぬところで支えていてくれていたのだと
実感するものなのかもしれません。
思いもよらぬ転機と変化、今振り返ればそれらは”父の置き土産”。
そのおかげで『蟲文庫』は多くのお客様にとって居心地の良いお店となり、
今も倉敷市の美観地区にて営業を続けている。
辛い時期や出来事ほど心の残りやすいけれど、徐々にでも捉え方を変えていけば、
自身にとってプラスにもなり得るのだと思いました。
出会いと繋がり
友人・家族・お客さん…、『わたしの小さな古本屋』には人にまつわるエッセイが多数収録されております。
『蟲文庫』もとい店主である田中美穂さんの元には自然と優しい人が引き寄せられてきます。
そしてその出会いは新しい縁を繋げていくもの。
いずれのエピソードも読んでいると「心の温まる人との関わりもあるのだな」と思わせてくれます。
ここからは私が本書を読んで、特に印象的だったエッセイ(人物)について取り上げていきます。
大阪住まいのOさん
『蟲文庫』が開業して間もない頃から来店していた大阪住まいのOさん。
奥さんの実家が倉敷にあり、盆と正月に奥さんの実家へ帰省する度に『蟲文庫』へ来店していました。
ちなみに来店する様になったのは倉敷を散歩中にたまたまお店を見つけたから。
Oさんは主に購入するのは店内の隅の棚に並べてあるCD・レコード。
音楽好きで大阪訛りのOさん。
田中美穂さんはそんなOさんに親近感を感じ、やがてちょっとした世間話をする間柄になりました。
しかし先の項目でも述べた通り、『蟲文庫』は現在の駅から約20分離れた土地に移転。
おお引っ越しの準備などで多忙だった為、移転の告知は殆ど出来なかったとか。
ましてやOさんは大阪住まいで来店するのは盆と正月くらい。
Oさんに関しては「大阪住まい」で「奥さんの実家が倉敷にある」ということしか知りません。
「Oさんとの関係はこれまでかな」と田中美穂さんが思っていた矢先、Oさんと彼の奥さんが移転したばかりの『蟲文庫』にご来店。
お店が無くなったと悲しんでいたOさんを見かねた奥さん。地元倉敷の友人に『蟲文庫』の事を尋ねて、移転したことを知る。
Oさんと再び会えたことの喜び、そしてOさんの奥さんへの感謝。
Oさんとの関係は継続し、毎年盆と正月になればお茶を片手に世間話を楽しむ。
何ていうか…「奥さんグッジョブ!!」なエピソードですね。
盆と正月だけ来店するお客さんで、ちょっとした世間話をする。
そんな日常の何気ない関係だからこそ、安心するのかも。
気難しいのは言うまでもなく、あまり仲が良すぎてしまうのも疲れる。
相手がお店に来るお客様であれば尚更ですね。
適度な距離感を保てるからこそ、お店もお客さんも安心出来るのだと思いました。
友部正人さん
詩人兼ミュージシャンであり、田中美穂さんは『蟲文庫』を始める前から彼のファンでした。
『蟲文庫』を開業する直前だった頃、近場で友部正人さんがライブをやる事を知ります。
憧れのミュージシャンが地元に来るというのは滅多にない幸運。
田中美穂さんは進んでライブの手伝いをし、その際に友部さんと会話する機会を得ます。
憧れの方を前にして緊張しまくりだったものの、「私これから古本屋を始めます」とやっとの思いで言いました。同時に『蟲文庫』オープンのチラシも渡しました。
それから2~3後、友部さんから「良かったらお店に並べて下さい」という手紙と共に段ボール数箱分の蔵書が届きました。
これだけでも奇跡の様なエピソードですが、奇跡はそれだけではありませんでした。
贈られた蔵書の中に表紙に焦げ跡のある『アメリカの鱒釣り』がありました。
その小説は田中美穂さんが昔雑誌で読んだ友部さんのエッセイにて取り上げられたものでした。
出会いが更なる出会いを呼ぶ。
それは人であったり、本であったりする時もある。
田中美穂さんの穏やかな人柄と好きな人を大切にする気持ち…
それらが幸運を引き寄せているのかなと思いました。
それ以来渡部正人さんとは手紙などでやり取りを続け、2003年には『蟲文庫』店内にて渡部さんによる朗読ライブを実現しました。
人を思いやり、出会いと縁を大切にする。
人は誰かの支えがあってこそ、成長するもの。
安易に人に頼らず頑張ることは大事だけど、人は一人で何でも乗り越えられるものではないですからね。
永井宏さん
ある日友人からアート系雑誌「12 water stories magazine」を『蟲文庫』でも取り扱ってほしいと頼まれた店主の田中美穂さん。
※「12 water stories magazine」は1992~2001年まで発行
「古書店よりカフェや雑貨店向きではないか?」と判断した田中美穂さんはダメ元で雑誌の編集部に依頼。
そしたら意外にもOKとの返事を頂き、『蟲文庫』でもお取り扱いを開始。
これを機に当時の雑誌編集長であった永井宏さんを始め、雑誌の関係者とのやり取りをする様になりました。
やり取りしている内に永井さんから「田中さんも何か書いてみたら?そうだ苔のことなんていいんじゃない?」と感じで執筆の誘いを受けます。
とはいえ文章を書く仕事は未経験。加えて自分は読み手側だと思っていた田中美穂さんは断りました。
それでも永井さんは「文章の上手い下手は問題じゃないよ。まずは手を動かしてみよう。」と後押しもあり、誘いを引き受けることになりました。
そして『苔観察日常』という記事を書き上げました。
「いいじゃない。田中さんらしさがよく表れていて。」という永井編集長からの褒め言葉は、私も読んでいて胸に沁みますね。
『苔観察日常』を機に、文章の執筆も手掛ける様になった田中美穂さん。
後に『苔とあるく』という書籍を執筆しています。
自分もブログを書いていて思うのですが、文章を書き上げるのって本当に難しい。
(とはいえ書く頻度はかなり低いですけどね…)
文章の流れが自然になる様に言い回しに気を付けるのは当たり前。
何より自分の伝えたいことを読み手に理解してもらえる文章を書かなくてはいけません。
難しすぎる言葉を使わずに、自然に読める言葉選びや言い回しを選択する。
脳の消費カロリーが半端ではありません (^▽^;)
『苔観察日常』の執筆に関しては苦労が多かったと思われます。
しかし田中美穂さんは読み手に伝える努力をしたことにより、思いもよらぬ言葉が浮かんだりして、その感覚が今も文章を書く上で大いに活かされていると述べていたのが印象的です。
上手くいかなくてもいいから最後までやり通す。
その経験を通じて身に付くことや学べることは必ずある。
それをその次に活かせばいい。
失敗という結果を恐れて、挑戦するのが苦手な自分にとっては考えさせられるエピソード。
耳に痛くも背中を押される感じです。
永井編集長の言葉と田中美穂店主の経験から学ぶ姿勢、どちらも頭の片隅に入れておきたいものです。
好きをとことん追求
『蟲文庫』には古書以外にも苔観察グッズや手作りトートバッグなど色々なものが並べてあります。
またお店の看板とも言える猫、亀など『蟲文庫』には色んな生き物が住んでいます。
好きなものを一途に追い求めて、深く知ることに勤める。
その”好き”という深くてブレない店主の想いが店内に反映されているからこそ、
『蟲文庫』はお客の知的好奇心を刺激し、安心するお店として今も倉敷に存続しているのだと思います。
ひっそりと長く存続する
先から述べている通り、”好き”という気持ちを大事にしている『蟲文庫』の店主田中美穂さん。
”好き”の対象は人・本・生き物…色々ありますね。
本書には”好き”にまつわるエッセイも多数収録されており、特に印象的なのは苔に関するエピソード。
好きなものを深く知るのは楽しいもの。
その為には対象をよく観察することが欠かせない。
田中美穂さんも観察好きであり、特に苔の観察が大好きなお方。
実際店内には顕微鏡が置いてあり、苔観察の時に用いたりするそうです。
苔というと石段や樹木など人の目に付きにくいところでひっそり生息しているイメージがありますね。

でも人目に付きにくいところで息長く生きているからこそ、苔の緑が綺麗に見える。
田中美穂さんは苔のそういう部分に魅力を感じているのだなと本書を読んで思いました。
古本屋というのは過去から今に至るまで残ってきた書籍を売るお店。
『蟲文庫』にある古書籍、『蟲文庫』というお店…
いずれも倉敷市内でひっそりと息長く生息し、寄るお客さんに安心感を与え、知る喜びを提供する。
また先の項目でも述べた通り苔観察に関する書籍を執筆しています。
![]() | 価格:1760円 |

「わたしの小さな古本屋」をキッカケにして苔への興味が湧いてきた私としては、読んでみたい一冊ですね。
「好き」と続けること
苔・古本・亀・猫…色んなものへの”好き”への気持ちを大切にする田中美穂さん。
その心意気は彼女が営む古本屋『蟲文庫』に反映されており、お客さんがほっと一息つけるお店となっております。
また得手不得手など自身のことをよく捉えている方だと思いました。
「私はお店で長時間じっとしているのは苦にならない」
「苔もだけど人目に付かないところを観察するのが好き」
「数字と競争は苦手」
何気ない日常を通じて自身のことを捉えていく。
それも田中美穂さんのマイペースでのんびりした人柄が成せる技ですかね。
私はというと…焦りやすいタイプだし、天気の良い日は外出せずにはいられません。
古本屋を営むには不向きかもしれませんね~ (;^ω^)
「好きなこと、人や本との出会い…
何気ないけれど心温まる日常こそ継続させていくことが大事。」
「わたしの小さな古本屋」を読んでいると、自然と温かい気持ちになりますね。
![]() | 価格:924円 |

コメント