『誓願』- 反逆のシスターフッド –

読書

小説『誓願』はカナダの女流作家マーガレット・アトウッド氏によって執筆された作品。
1985年に刊行されたディストピア小説『侍女の物語』の続編にあたります。
本作が日本で刊行されたのは2020年、いわば35年振りの続編です。
カナダでは2019年に発表

今回は本作の内容及び感想について語っていきたいと思います。
(若干ネタバレな部分及び性的な表現もあるので、その点はご容赦を)

まさかの2020年

2020年といえば例のパンデミック騒動が始まった年ですね。
よりにもよってこの年に刊行されるとは…
どうも運命じみたものを勘ぐってしまいます(苦笑)

ソーシャルディスタンス、外出時のマスク着用、3密回避…
感染対策の為とはいえ色々なルールが政府や医師会から要請されはじめた2020年。
加えて外出自粛や飲食店の酒類提供NGなど、我々国民は制限を課せられましたね。

また国民同士における監視の目も強くなり、人が殆どいない野外においてもマスク未着用者を非難するマスク警察なる輩も出現しました。
「周囲への思いやり」「協力しよう」「皆と一緒に乗り越えよう」…
協調性と真面目さは本来ならば日本人の美点の筈。
しかしそれらの美点が過剰になってしまった故なのか、「どんな疑問や不満があろうと足並み揃えろ」という全体主義すら生じてしまいました。

そんな気が重くなる2020年、超男尊女卑の国家に対する反逆を描いた『誓願』という小説が日本で刊行。
もちろん偶然でしょうけど、よりにもよってこの年に刊行されるとは…(^-^;
「再び自由と権利を手にする為、諦めず戦い抜こう」
そんな願いすらも想像してしまいます。

tough girl

小説『誓願』

『誓願』の時代設定は前作から15年後、舞台はギレアデ共和国と隣国のカナダ。
前作『侍女の物語』は理不尽に耐え抜く侍女を描いた閉塞感に満ちた作風、
それに対して『誓願』は長い年月耐え抜いた末に反逆するといった作風になっています。
(武力など直接的なやり方ではありませんが)
今作も胸糞なシーンはありますが、後半になるにつれて光が見えてくるといった感じです。

主要人物は前作にも登場したリディア小母、そして今作から登場するアグネスとデイジー。
3人の女性の目線で物語は進んでいきます。
また本編の構成に関しても、3人それぞれ章が分かれています。

3人の語り手

ここでは主役である3人の女性について、大まかに語ります。

①リディア小母

侍女となる女性を教育する”小母”という役職に就く女性。
前作においてはオブフレッドをはじめ、侍女としての教育を受ける女性たちにスパルタ教育を施してました。そのせいか「嫌われ役」というイメージが強いですね。
今作『誓願』では、ギレアデの政治を担うまでの地位に出世。
司令官と腹の探り合いするシーンは彼女の強かさをより実感。
盗撮カメラまで用いて、司令官や他の小母たちの弱みを握っているだけあります(;^ω^)

②アグネス

司令官カイルの娘として育った女性。
それ故かギレアデ国内の女性にしては裕福な生活を送ってきた印象。
(あくまで傍から見れば)
しかし育ての母タビサを病気で亡くし、継母となった女性ポーラとは上手くいかず。

そんな鬱屈した日々を過ごしている内、学校でも孤立し、自分の生まれに関する真相を知る。
両親のすすめで妻となるべく結婚予備校に通うも、やがて結婚を拒否する様になります。
そして”小母”として生きる道を目指します。

③デイジー

ギレアデのお隣、カナダに在住する16歳の少女。
古着屋を営む両親メラニー(母)とニール(父)の下で育ち、
裕福でなくとも相応に自由を謳歌しながら育つ。

やや口が悪いところがある今時の少女といった感じです。
彼女は作品内において少々異色なキャラかもしれません。
重い過去を背負う女性が多い本作品、故にデイジーの明るさは際立つのかも。

しかしそんな彼女も両親が爆破事件に巻き込まれるという悲劇へと遭遇。
ショックを受けている彼女の元へエイダという女性が現れる。
悲嘆にくれる暇もなく、彼女はエイダに車へと乗せられてある場所へと連れられる。
そして彼女は重要な役目を引き受ける事になります。

前作未読でも大丈夫?

前作読んでないけど
話についていけるかな?

続編モノだと聞くとそう思う方もいるでしょう。
しかし今作から読んでも面白さは実感できる作品となってます。
舞台などの設定は前作から引き続いていますが、
ストーリー自体はまた新たなものとなっております。

とはいえ前作読んでないと不安になる方は結構いる筈。
前作(ギレアデ)に関して知っておくべきポイントとしては、

  • ギレアデ共和国はキリスト教原理主義者のクーデターより誕生
  • ギレアデの前身はアメリカ合衆国
  • ギレアデは超男尊女卑社会
  • 女性は財産の所持、学習、読書、仕事することすら許されない
  • 司令官”という男性のみの役職があり、彼等は国内で大きな権力を持つ
  • 侍女”という女性のみの役割は言わば「子を産む機械」

…これら上記のポイントを抑えておけば前作未読でも大丈夫かと思われます。

ちなみに前作の主役だった侍女のオブフレッドは登場していません。
彼女(?)と思わしき人物は終盤あたりに出てきますが

とはいえ前作を読んでいた方が侍女などの設定も頭に入りやすく、
読んでいて「おっ!」と思う場面もあるでしょう。
特にリディア小母の章に関しては、彼女に対する印象が大分変わるかもしれません。
前作ではオブフレッドをはじめとした女性達に対して、非情なやり方で教育してましたからね。
そのせいか”嫌われ役”として定評のあるキャラクターでしたので(苦笑)
しかしその非情さの裏には彼女なりの信念があったという…。

何より前作の息苦しい閉塞感を味わっていると、今作『誓願』のカタルシスはより大きくなります!!

前作の大まかな感想

前作『侍女の物語』は超男尊女卑な国家の理不尽さに焦点を当てており、
暗闇の迷路を手探りで進んでいくイメージの作品でした。
ディストピア小説なだけあり、自由が制限されてるが故に息苦しい空気に満ちた印象。
その上胸糞悪くなるシーンも少なくありません。

侍女は”儀式”と称された「小作り」を司令官と行う役目を負っているのですが、その儀式において一切の快楽を求めることはタブーとなっています。
その上儀式においては司令官の妻がその場に立ち会うことがルールであり、妻の膝の上に侍女が頭を乗せて横たわる構図となってます。

また侍女となる女性を指導する”小母”という教官的な役職に就く女性が存在するのですが、その小母たちの指導も容赦ありません。
指導される女性は主に国外逃亡に失敗して捕らわれの身となった方が大半であり、中には脱走を試みたり反抗的な態度をとる女性もいます。
小母たちはそんな女性に対して体罰なんてレベルではない厳格な指導をします。
スタンガンで痺れさせたりしますし
露骨にグロテスクな表現はあまりないのですが、痛々しい場面はぼんやりですが頭に浮かびました。

※前作『侍女の物語』に関する記事

『侍女の物語』 - 忘れられない過去 -
小説『侍女の物語』を感想も交えて紹介。 「1984年」などと並ぶディストピア系として高く評価されている作品。 しかし『侍女の物語』が描く男尊女卑の世界は精神的なエグさが半端ではありません…。

屈強なダークヒロイン

「このお返しは必ずさせてもらう。どれくらい時間がかかろうと、
その間にどんな屈辱を舐めようと、必ず成し遂げる。」

『誓願』Ⅸ 感謝房(サンクタンク) P.211

リディア小母のこの復讐の誓いに当作品のテーマが凝縮されていると言っても過言ではありません。
『誓願』の主人公は3人と述べましたが、その中でメインとなるのはリディア小母ですね。

彼女はギレアデ占領前の旧アメリカ時代は裁判所の判事を務めるキャリアウーマンでした。
しかしギレアデがクーデターを起こしてから状況は一変、リディアをはじめとしたキャリアウーマン達はギレアデの兵士たちにスタジアムへと強制連行。
そこで炎天下の屋外で外野席に座りっぱなしにされる、紙もなく水道もロクに出ないトイレを使用させられる等、想像を絶するほどの不衛生な環境に身を置く事になります。
挙句、リディアは感謝房(サンクタンク)という牢屋に入れられる羽目になるという…

身も心もズタズタにされたリディアでしたが、怨嗟の感情をバネにして復讐を誓います。
その為にあえてギレアデに従順な振りをして”小母”という役職に就き、やがてギレアデ政権に影響を及ぼす程の権力を得ます。
仕事や地位など必死で勝ち得たものを奪われても、決して心折れずに這い上がる。
『誓願』においてリディア小母はダークヒロイン的な存在ですね。

少女2人の関係も見逃せない

『誓願』の語り手はリディア小母に続き、アグネスデイジーという2人の女性がいることも忘れてはなりません(苦笑)

司令官の娘として育ち、やがて小母を目指すアグネス。
隣国カナダで古着屋の娘として育ち、自由を謳歌してきたデイジー。
2人は育った環境も性格も全く異なりますが、小説後半の部分で出会う事となります。

そんな2人は小母の中でも最高権力者でもあるリディア小母に重要な役目を任される事となり、
それは腐敗しきったギレアデに強烈な反撃を与える事に繋がる重要な役目。
失敗したらアグネスとデイジー、そしてリディア小母もタダでは済みません…。

当然2人にのしかかるプレッシャーは甚大。
だけど役目をこなしていく内にお互いを知る事となり、心を通わせていく。
そんなシスターフッド的な関係も、じっくり愉しみたいものです。

sisterhood

これから読む方へ

様々な自由や権利を奪われて”侍女”として生きる事となった女性を描いた『侍女の物語』。
長い年月耐え抜いた末に復讐を果たす女性の生き様を描いた『誓願』。

前者は閉塞感に満ちた作品。
それ故に前者の続編である後者はカタルシスを味わえる作品。

より大きなカタルシスを体感したいのであれば前作を読むのがベターですが、
先に『誓願』から読んでも充分楽しめます。
それに『誓願』はエンタメ色が強く、前作よりも万人受けしやすい感じです(笑)

総ページ数580以上とかなりの長編ですが、読み応えのある小説を読みたい方には
是非一読してみることをオススメします。

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